かけ流し信仰に思う
自然湧出した温泉に何も手を加えず、そのまま入る。
これは日本人なら誰もが憧れる温泉入浴の醍醐味ですし、実際のところ天然温泉は濾過循環、殺菌、加水、加温、時間の経過、空気との接触などによって変質したり、泉質によっては効果効能が失われてしまうこともありますので、できるだけ良い状態で提供できるような使い方をするのは温泉事業者の大切な務めであると思います。
「掛け流し(かけ流し)」という言葉が一般的になったのはつい最近のことです。温泉ブームを後押ししたキーワードのひとつと言えるでしょう。湧出した温泉をそのまま浴槽に入れ、その温泉水が浴槽等から溢れ出していることを指しますが、いつしか「掛け流し=善で、濾過循環=悪」という図式で語られることが多くなってしまったことには、ちょっと違和感を覚えます。
その理由のひとつは安全衛生の問題です。よくある毎分数十~数百リットルの湧出量の源泉で大きな浴槽を掛け流しにしようとすると、どうしても入浴者数(お湯の汚れ)に対してお湯の入れ替りが追いつかず、衛生的な状態が保てない恐れがあるのです。
1日に数人しか入らないような温泉ならそれでも問題はないのですが、数百人が入浴するような温浴施設で掛け流しをしようとすると、かなりの湯量を必要としますので、源泉の能力を考えると、掛け流しにこだわることが最善とは限らないのです。
もうひとつは事業性の問題です。昔から自然湧出していた温泉ならそれほどのコストはかからないのですが、掘削した温泉の場合、温泉掘削だけで数千万円~場合によっては1億円を超える費用がかかっています。さらに浴室をつくって、休憩場所をつくって…とやっていると温泉施設をつくるには何億円という投資がかかっています。この投資を健全に回収しようとすると、どうしてもそれなりの客数が必要です。
入浴客数が増えれば、それだけお湯が汚れますから、先に書いた衛生上の理由からも掛け流しが難しくなるのです。またお湯をどんどん排水することは、地域によっては下水道料金に跳ね返りますし、浄化槽を使ってもやはり莫大な費用がかかりますので事業性を圧迫します。温泉を入浴に適した温度に調整するために手間やエネルギーがかかっているなら、そのお湯をすぐ捨てるのはとてももったいないことでもあります。
つまり、源泉掛け流しとは、「温泉を湧出させるのに費用がかからなかった」「豊富な湧出量と温度に恵まれた源泉」「排水にあまり費用がかからない環境」「入浴客数が少なくても事業として成り立つ」などの好条件があった時にはじめて可能になる、とても稀少で贅沢なものであり、低料金で多数のお客様を相手にしなければならない温浴施設がどこでもできるかというと、非常に難しいことなのです。
気軽に行ける場所に温泉を掘削し、気軽に利用できる料金で温泉を提供する。これはこれでひとつの重要な社会的役割です。もちろんたくさんの人が入るから掛け流しはできず、濾過循環滅菌を選択する可能性が高くなりますが、安全衛生と事業性を維持するためには今のところ仕方がありません。(今のところ、と書いたのは技術的にも法的にも今はそうせざるを得ないという意味で、将来はまた違ってくるかも知れません。)
よく温泉マニアのサイトなどで、天然温泉を濾過循環滅菌して提供している温泉施設をつかまえて「間違っている!」とばかりに攻撃している例を見かけますが、これはどうかと思います。
例えてみれば、1000万円の高級車と100万円の軽自動車を比較して軽自動車の性能が劣っていると批判しているようなものです。それぞれ役割が違うのであって、善し悪しを比較できるようなものではないのですから。
高級車が好きなのであればお金を出してそれに乗れば良いだけのことで、軽自動車をつかまえて加速が悪いの、乗り心地が悪いのとネットに誹謗中傷を書き込んだら、軽自動車メーカーは黙ってないですよ、普通。
…ちょっと話が横道にそれましたが、要は掛け流しが提供できる温泉事業者さんはその希少性を認識してもっと自信を持って売って欲しいし、その大地の恵みをを大切にして欲しいと思いますし、逆に掛け流しができないからといって、何も迷ったり卑下する必要はなく、堂々と「気軽に行けて安全で安価な温泉」を提供し続けて欲しい、ということなのです。
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